新聞連載コラム「商いは芸」
新聞連載コラム「商いは芸」2005年7月12日号
近所に新しく店ができたので行ってみた。
そこでのことだ。
女房が頼んだ鳥のから揚げが少し生だった。
赤みが残っていたのだ。
こういうとき、客は店に言いづらい。
だが、「すみません、ちょっと」と言って、から揚げを見せた。
女の店員は「すみません」と言って奥に持っていった。
少し待っていれば、揚げ直して持ってくるだろうと待っていると、奥から責任者のような男性が出てきて、女房殿に謝るではないか・・・。
「この度は誠に済みませんでした・・・」
ポカンとしていると、やがてまた引っ込んで、今度はジュースを持って出てきた。
これを飲んで待っていてくれと、また謝った。
女房殿は何べんも丁重に謝られるのに慣れていないので、すっかり嬉しくなってしまったようだ。
帰ってくると、「また、あそこへ行こう」と言う。
余程、謝られたのが気に入ったとみえる。
最初のチョンボで店はいったん信用を失ったはずだった。
だが、その対応で逆に熱烈なファン客を一人作ってしまったのである。
このとき、出されたのは一杯のジュースに過ぎない。だが、それは「礼」のしるしとしてのそれだった。
人間の相手をもてなそうとする心に唸ったのである。
もっと料理が美味い店はあるし、安い店もある。
だが、そんなに真剣に詫びてくれる店はない。
「礼」も商いの芸といえるのかもしれない。
